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 レンタカー実践例 イスラエル で プジョー 3008   を借りてみた        

 

大いなる魅惑と
幾多の緊張の国
イスラエル
2019年年末から2020年の年始にかけて(一言でいうとコロナの直前です)、中東、ヨーロッパ各地を回りました。諸般の事情から、超久しぶりに家族付きでなく単身での旅行でしたので家族付きではためらっていた少々危ない国に行ってみようと、イスラエルやヨルダン、パレスチナなども回りました。
イスラエルという国は、成り立ち、そして歴史的背景を考えると情勢不安定で危ない国、、と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、実際はそんなことなく、安定した国で・・・・って言いたいのですが、やっぱりかなり特殊な国でした。やはり数千年にも及ぶ祖先の対立に加え、中東戦争や、世界中に離散してるユダヤ人のこと、そしてイスラエルのバックに常にいるアメリカの存在・・などなど、どれをとっても難しい問題ばかり。簡単に言うとイスラエルという国自体の消滅を心から願っている周辺国ばかりで絵にかいた四面楚歌の状態と言えるでしょう。
 でも、ここからがイスラエルのすごいところで、実際には多くのアラブ人が住み、きちんと経済活動も、宗教活動も行っています。また常に緊張感がある国なので、国内の治安は絶対的に良く、各所で何重にも行われる身分証チェックなどもあり、外部からの敵に対して、常日頃から対策ができています。コロナ感染症の対策も、迅速に強力な対策を次々と敢行していきました。経済的にも安定していて、アメリカを筆頭に西側資本も大量に入り込んでいますので、相対的にアラブの周辺国より豊かで国力があります。そう、イスラエルには他の国にはない活力とパワーがみなぎっている気がします。そんな、地球上のいかなる国とも異なる背景と成り立ちをもつイスラエル。走ってみるとまたとても魅惑的な国でした。
豊富な文化的資源
世界中でここにしかない非常に貴重な文化的資源が多数あります。エルサレムはもちろんのこと、それ以外にも先史的な歴史的遺跡が非常に多数ある国です。まさに歴史、遺産の宝庫。歴史や文化が好きな人にとっては、まさに教科書に出てきたそのものが現代に息づいているという至福の地域です。
イスラエルを
車で走ることは
「日本人がイスラエルを運転していて問題はありますか?」と聞かれるとするならば、その返事を一言でいうと「全く問題なしです」となります。
(実質上の首都である)テルアビブ近郊のベン・グレオン空港の到着ロビーから、レンタカーオフィスに向かうと、あまりにも広い空間に多数の会社が並んでいて、大勢の観光客が並んでしました。そして実際の借り出し場所の駐車場に行くと、広大な敷地に非常に多数の車が並んでいました。・・・つまり、イスラエルに来てレンタカーで観光するのはある意味非常にポピュラーな旅行スタイルといってもいいと思います。エルサレムは(その領有権については太古の昔から争っていますが、現在はイスラエルの支配下にあるので)、3大宗教の聖地となっていますので、外国人の訪問需要はかなりあると思います。日本人はですが・・・。個人旅行に慎重な人が多く、仮にイスラエルに来たとしても車を使う人は少ないかもしれませんが、見どころいっぱいのイスラエルです。治安情勢やアラブとの関係はそれなりに心配ですが、車旅行だけに言及すると、”全く心配ない国”であると個人的に感じました。
本当にマズかった事
(やらかして
しまったコト)
このイスラエルのドライブ。基本的には至極快適だったのですが、ついやらかしてしまったことがあります。簡単に言うと、武力的に問題を抱えているエリアについ入り込んでしまったのです。しかもその場所を暗い夜中に数百キロも進むことになってしまいました。
 もちろん、意図的に危険地帯を目指したわけではありません。自分は基本的にビビりで、当然「安全第一」「無理なことは絶対しない」のはずなのですが、ついいつも好奇心が少し勝ってしまったことがあり、意図せずに軍事的緊張の高いエリアを爆走してしまいました。
 具体的に言うと、パレスチナ暫定政府の支配地域と、ヨルダンの領土に挟まれた狭いヨルダン川西岸地域の幹線道路に入り込んでしまったのです。下記の地図を見ていただければわかりますが、国道90号という道路がその国境地帯を貫いているのですが、それをつい通ってしまったのです。
 ことの発端は、死海地方から、レバノン国境方面の北部の街を目指して走ろうと思ったことです。スマホのgoogle mapで検索すると、テルアビブのある地中海地方に出て、北上するルートを示しました。自分は「みたことがない景色を見てみたい」「新しい場所を見てみたい」「どうせ走るなら、往路と違うルートで走りたい」という変態的な「いろいろなものを見たい指向」があります。上品な言葉で言えば「未知の世界に前向き」「知的好奇心が高い」と言えなくもないのですが、一般的には「単なるどこかに行きたい病のバカ」「しなくてもいい苦労をしたがるバカ」です。今回も、この「新しい場所に行ってみたい病」が大いにマイナスに働きました。
 Google mapが示したルートは、ほぼ一度走ったことがあるルートだったので、「できたら他の道を通りたい」と代替ルートを探りました。すると、Google mapは死海をそのまま北上する国道90号線軽油の道を示したのです。イスラエルの事情に全く詳しくない自分ですが、「危険地域だけにはいかないように」と外務省の危険地図はなんとなく頭に入っていたので「あれ、この死海からヨルダン川沿いをまっすぐ北上するルートって渡航中止勧告エリアになっていた地域じゃないの?」と思い、外務省サイトで確認をしたのですが、あまりにもざっくりとした地図で詳細はわかりませんでした。
 しばし悩みましたが、「まぁ、googlemapが示すくらいだし、マズそうだったら引き返せばいいや」程度の認識で、ヨルダン川並走の国道90号のルートを目指して進んでいきました。
 正直に言うと、最初に示された推奨ルートの分岐点まで「どうしようかな」「本当に大丈夫かな」と多少の迷いはあったのですが、そもそもの交通量がすくない場所で、快適なドライブだったこともあり、「よし国道90号ルートに行ってみよう」と気楽な気持ちで進み始めました。しかし数キロ行った時点で最初の違和感を感じました。はじめはそれが何かわからなかったのですが、進むうちに自分は「周りの風景の異様な静けさ」「異様な暗さ」に違和感を感じていたことがわかりました。最初は単に車が少ないまっすぐな道、程度の認識だったのですが、本当に車が少なくなっただけでなく、回りの明かりが明らかにないのです。でも・・・直接的な危険は感じなかったので、不安になりながらも照明も少なく、ほぼ真っ暗な道を、不安になりながら進みました。
 すると突然、巨大な黄色い看板が出てきました。よく読むと「イスラエル市民はここを絶対に絶対に左折してはならない」という厳しい言葉の警告板でした。「ここはイスラエルが第三次中東戦争で、ヨルダンから無理やり奪った地域で、パレスチナ暫定政府の支配地域、つ・ま・り、紛争地帯だ!!」と思ったのですが、もう100km以上走った後で、戻るのも現実的とは思えません。しかも「パレスチナ支配地域に絶対入るなよ」という警告は何度も何度も現れるのです。つまり、左側の地域全体全てがパレスチナ領域で、そこに曲がっていく道は全て、パレスチナのどこかの集落につながる道なので、間違っても自分のようなアホな旅行者が曲がることがないように、沢山の道のすべてに「曲がるなよ」「絶対に入るなよ」「安全は保障しないからな」とい警告を出し続けているとわかりました。ちなみに道路の右側も真っ暗なのですが、ここにはヨルダン川が流れており、現在の実質的な国境線になっているのですが、ここも1963年にイスラエルが武力で奪った場所でありヨルダン(およびアラブ諸国のすべてが)ヨルダン領土と主張する場所なので、まったくもって緊張を解くことができない場所です。 しかもそんな恐ろしい文句が書かれた警告板が、いくつもいくつも現れるのです。しまいには、ただの道路なのに国境検問所のようなものが行く手をふさぎ、あんなことやこんなことを聞かれました。もちろん、やましいことな何一つないので、すべてを正直に丁寧に話すと、納得して通してくれましたが、まさかまさかそんな場所だとは分かってはいたものの、そんなルートを走ってしまった自分を深く深く反省しました。 (詳しい写真は以下にあります)

 

 

 

 

ベン・グリオン国際空港  にて בשדה התעופה בן גוריון
ここがテルアビブ近郊のベン・グリオン空港 Ben Gurion International Airport。常にテロと戦ってきた国、そして空港であるため、セキュリティレベルは常に世界最高にある空港、といってもいいと思います。入国の際、自分もそれなりにドキドキしていましたが、入国審査係員のお兄さんが日本好きな人で「おお、日本人!! 俺、日本大好きなんだ。ほら今も日本のお菓子を食べていたんだ!」と日本の駄菓子(きゃべ太郎?)を見せてくれました。審査中はそんな会話で盛り上がって、まったくノーチェックでした。ただし、出国時にはものすごーーーーーく突っ込まれ、1時間以上も尋問を受けてしまいました。
ここが空港内のレンタカーオフィス窓口。自分が借りるEuropcarだけが超長大な行列になっています。自分は価格も比較的安く、車種が豊富だから選んだのですが、他の人も同じかもしれません。
さて、無事受付を済ませ、指示されるとおりに駐車場に向かいます。
こんな紙をもって、立体駐車場の1階のオフィスに向かいます。
「ええと・・・。〇〇さんね・・・。」
「おお、すごいよ。新車だよ。誰も乗っていない新車だよ。」
「ナンバーはこれ。モスグリーンみたいな色だよ。向こうにおいてあるから」
「気を付けてね。楽しんで。良い旅を!」とだけ説明し、鍵をくれました。
「ええっ?? 新車なんて貸してくれるの?」
「本当かなぁ? えっと?どこだ?」と探すこと数分。ありました!
プジョー3008。走行距離 32km。本当に本当に新車です!!

 

新車の プジョー 3008  Peugeot 3008 を借りたよ  שכור רכב חדש פיג'ו 3008
これか借りた プジョー 3008!
プジョー 308をベースとしたプジョー初の自社開発・自社生産SUV。ヨーロッパでもかなり好評なモデル。
2017年3月、ヨーロッパ 22か国、58人の自動車ジャーナリストによってえらばれるのヨーロピアンカーオブザイヤー 2017を受賞しました。
・・・それにしても・・・何から何まで新しく、本物の新車でした。レンタカーでも新車を貸してくれることがあるんだ・・と思いましたが、確かに最初は新車を誰かが乗る機会がある訳ですが、まさか自分が乗れるとは・・・。本当にラッキーでした。
この3008は、先代の308より全長を85mm拡大したので、ラゲッジルーム容量が88リットル増えて、520リットルになったそうです。確かに見た目より広い荷室でした。
大流行のコンパクトSUV。大きさも手ごろで日本にも合う気がします。
プジョーの最近の命名法として、末尾が1なら、途上国用モデル、末尾が8なら先進国モデル、とのことです。でも中国では4008というらしいデス。
基本設計として、従来よりもかなり軽量化された新プラットフォーム「EMP2」を採用しています。オペルグランドランドX、シトロエンC5エアクロス、 プジョー5008 II、 DS 7クロスバックあたりにも使われています。
エンジンはなんとディーゼル。2.0L 直4ディーゼルター  BlueHDi 180hp 。FFなので横置きです。 最高出力:130(177)/3750 [kW(ps)/rpm]、最大トルク:400/2000[N・m/rpm]。ディーゼルと言っても、最新のものは非常に優秀ですね。ゴロゴロ感はじめ、不要な振動も感じません。加速も下手なガソリン車よりもいいくらい。非常に優れたエンジンです。あえて言うならば、「アイドリングストップOFFスイッチ」がよくわからず、プチ渋滞時、エンジンがON/OFFを繰り返しかわいそうだったことぐらいかな?
12.3インチのデジタルヘッドアップインストルメントパネルがついた新世代コックピット「i-Cockpit」。日本語にも対応できます。
こんな感じのコックピット。デザイン的にも優れ、なかなか使いやすいです。
個人的に気に入ったのは、メインコンソールの下、ギアの前の場所が空間になっており、スマホや財布を一時的におけるスぺースになっていること。「人間工学」というよりややデザイン的に振れているイメージがあるプジョーですが、確実に使いやすいコックピットになっています。
新車はすべてがきれいでいいのですが、どこも汚さないように・・・と気を使ってしまいます。・・ごめんなさい、でもやはりすこし汚れてしまいました。
トランスミッションは、8速オートマチック(EAT8)。トヨタグループのアイシン製。当たり前ですが、エンジン特性との相性は最高で、高速走行時には無駄な回転をせず、必要な時にきちんと加速できる優秀な変速機だと感じました。
最近のはやり全てがディスプレイになっている形のメーター。自分が欲しい様々な情報が目の前に表示されるので、確かに視点移動が少なく楽ですね。
乗り降りしやすく、フィット感もよいシート。ものすごく快適です。
日本仕様ならば、ナビはシステムに包含されていてディスプレー内に表示されると思いますが、なぜかこの車には装着されていませんでした。今回、自分が用意したのは、最近の自分の定番、スマホ+海外モバイルルーターで対応しました。スマホ本体は相変わらず古いiPone8・・。古くっても個人的には何の不満もありません。
あれも、これもとつなげていくと、こんなになってしまいました。まぁ、自分がわかっていればいいので問題なしです。
わかりやすいように、フューエルリッド上に「ディーゼル」とシールが貼ってありました。ボディの上にシールを直接貼るのはどうかと思いますがまぁいっか。
燃料のフタのとなりの青いものはAdBlue アドブルー(尿素水溶液)注入口。排気ガス清浄のための添加剤の注入口です。しくみは触媒装置内部で排気ガスに「アドブルー」を噴霧して窒素酸化物を窒素と水に変化させ、無害なものに変えています。燃料ほど消費するものではないのですが、定量的に補充する必要がありますので、確かにこの位置にこれを設置するのがいいですね。
これがイスラエルのナンバー。欧州風のものにするのは最近の世界的な流れですが、黄色がベース、というのは珍しい気がします。
3008。運転しやすく、走っていてとても気持ちの良い車でした。かなり出来のよいモデルだと思います。
死海のほとりにて。日本でも2017年3月から発売され、日本国内でもそれなりに見かけるようになりました。売れている理由もわかる気がします。日本での販売価格は373万円~461万円と、すこしお高いのですが、最近の日本車の高騰ぶりをみるとそれほど法外な値段とは・・・。

 

イスラエルの道路標識 שלטי דרך ישראליים

それでは、イスラエルの道路事情を見ていきましょう。まずいえるのはとにかく舗装がいいこと。完全に先進国、という道路です。
テルアビブ中心の信号。信号機の上に標識がついているタイプ
高速道路は非常にきちんと整備されています。特に地中海沿いに南北に走る道は非常に快適です。料金もほぼ無料。
最高速度が電光表示されています。日本より進んでいるかも・・と思う瞬間。
高速道路では必要な情報がきちんと表示されています。ヘブライ語、アラビア語、英語と三か国語併記で外国人も安心。
「道路のそばにいるラクダに注意」・・・ホントかよと思ったら、本当に時折ラクダが群れで歩いている姿を見かけました。とは言いながらも、自然に生息している野良ラクダではなく、必ず誰かが飼育している放牧?飼育?ラクダのようなのですが。
エルサレム近郊の案内表示。茶色が遺跡・名所・旧跡、いわば観光地ですね。白は都市名を表しています。このタイプはかなり一般的なものでヨーロッパ・中東からアフリカ大陸全土で見かけるタイプです。
これもエルサレム近郊の様子。上の茶色はモスクへの方向。下は路面電車に気を付けて、というものです。
赤い掌は停止を意味します。後ろを走っているのは、イスラエルの幹線である 地中海沿いを走る沿岸路線 מסילת החוף  Coastal railway lineの列車。ハイファ近郊にて。

 

 

死海へのドライブ סעו לים המלח
イスラエルに行ったら、やはり訪れたいのが死海(ם הַ‏‏מֶּ‏‏לַ‏ח . Dead Sea)です。「浮きながら新聞が読める湖」「全ての生き物が死に絶える湖」などと言われますが、そもそも標高からして、マイナス420mという地球最深部?の海と不思議なことばかりの場所です。
内陸部から死海へ向かう道、国道31号線。非常に美しく、絶景でした!
見えてきたのが死海。塩田のように見えるなんとも不思議な風景ですが、近年水位が下がってきて南部はこんな形になってきているようです。標高マイナス420mはハンパなく、気温が確実に上がってきたことを感じました。ちなみに向こうに見える薄い山々はヨルダンです。そう死海は反目し合うライバルの国境線にもなっているのです。
実は死海に直接入れる(海水浴ができる場所)は非常に少ないのですが、一番のおすすめが エン・ボケック( עין בוקק Ein Bokek )。イスラエル側で最大の死海リゾート地です。
こんなビーチが整備されています。しかも全て”無料”。物価が非常に高いイスラエルにとってはびっくりする場所です。訪問は1月でしたが、なんといっても標高400mですので、気温が高く海水浴に何の抵抗も感じないほどでした。
水はとても澄み、非常にきれい。そうそうここで一点、注意を。上とこの写真をみて「なんだ死海って茶色なんだ」と思ったら、大間違いです。ここは人工的にかなり整備されているビーチなので、こんな色になっています。死海にビーチが皆無、という訳ではありませんが、対岸のヨルダン側も含めこのように海水浴もできるように整備されている箇所は数か所のみです。
エン・ボケック( עין בוקק Ein Bokek )は観光客用に整備されている場所で、しかもリゾートホテルなどに行かなくても、公共ビーチが開放されていますので、じぶんのようなフラッとした旅行者には最適な場所。では、早速死海に入ってみます!
・・・おおおおおおおおお・・・すごい、すごいです。ここで水に入った感覚は今まで経験をしたことがない感覚。例えるなら、自分がビーチボールになったような水の中から強く押し出されてしまう感じです!。背泳ぎをしようと思っても、水没している部分全てが、上に上にとものすごく強い力で押し出されて、浮かびすぎてうまく浮かべません(変な表現ですが本当です)。水の中に塩が飽和している=水の比重が重いので、通常の水に比べものすごく浮力を受けていることをからだじゅうで感じました。
そしてすごいのがこれ。なんと、湖底が全て塩の結晶でできているのです。つまり痛くて痛くて歩けないほど。この見える範囲のすべての湖底が全て塩の結晶と考えると空恐ろしくなります。上の茶色のビーチがほんの一部だけ、ということを水に入った瞬間から感しました。ちなみに一瞬なめてみましたが、今まで経験したことがない塩辛さ。体が「これはキケン!」と反応するほどの強烈な刺激でした。
ビーチから上がり、無料のシャワーを浴びましたが、ベタつきはながなか落ちず。なんとか塩分を流れ落とし着替えたあと、少し周辺を走ってみました。写真は少し離れたほとりですが、白い結晶が続いているのがわかりますでしょうか?そして不気味なほど透明で美しい湖水。
通常の海の塩分濃度は3.4%。それに対し死海の濃度は約30%。1Lの水を蒸発させると湖面付近の水で300g弱、湖底に近い水なら470gの塩が撮れるそうです。後で知ったのですが、ここで人が溺れても沈むことはまずないのですが、傷が少しでもあったり、目に水が入っても激痛を感じ、ましてや飲んでしまうと浸透圧の関係で内臓に化学熱傷を起こし死に至るとのこと。
人が歩いているのは、その部分が塩の結晶で中州のようなものになっているからです。ちなみに奥はヨルダン領。(この数日後、向こうも走ってみました。詳しくはここを参照)
死海の畔にて。遊泳には不適ですが、車はそのまま近づける場所はたくさんありました。この美しさ、静けさに反比例して水の中の化学成分のヤバさに不気味さを感じます。
イスラエル側のビーチとして、エン・ボケック( עין בוקק Ein Bokek )に並ぶもう一つのビーチがエン・ゲディ(עין גדי .Ein Gedi)。水位低下に伴い、ビーチはかなり遠く小規模になっていましたが、スパリゾートやレストランなどは充実していました。「世界で最も低い場所だよ」なんてこんな看板もありました。

 

 

イスラエルの駐車事情 מצב חניה בישראל
さて車旅行に欠かせない「駐車場」の話題に振れますね。まず、大切なのが路肩の色。このように「赤と白のマーキングがある場所」は駐車禁止を示します。
上と反対に、「青と白のマーキング」は、駐車可を示します。無料で路上駐車可能を示す場合もありますし、有料の場合もあります。
そうそう、もう一つ「黒と白」もあります。軍の施設や国境付近など特別な場合に使われる標識です(パレスチナ・ベツレヘムの紹介に少し載せました)
イスラエルの「駐車可能」の標識です。おなじみの P マークに、屋根らしい覆いがついているのが特徴です。
路上にあるコイン駐車の標識と機械。
使いかたはとても簡単。時間と料金が書いてありますので、自分が停めそうな時間を考えてコインを入れるだけ。機械には時計が内蔵されていますので、勝手に計算してくれます。ただし使用前に表示される時計の時刻と実際の時刻があっているのかを確認することが大切です。よく見るとドイツ・シーメンス社製です。
1時間12イスラエルシュケル(360円)。この国なら、まぁこんなもんでしょう。

 

ガソリンスタンドにて תחנת דלק
イスラエルのガソリンスタンド事情についてみていきましょう。
場所によりセルフとフルサービスの場所があります。ここなんかは、フルサービスの店でしたが、給油機の近くにいるおじさんに、量か値段を言って、現金をポンと渡して、ガンガン給油し、ハイ終了・・という感じのかなりアバウトな店でした。
日本よりも数が少ない印象があります。だから長距離を走るときはチェックが大切です。
この店で入れたときは、セルフでの給油でした。
高速道路沿いの店で、なかなかスタンドが見つからないエリアでしたので、次々に後続車がきました。
こんな感じで給油中。
オクタン値95のガソリンが6.16ISL(イスラエルシュケル)=約188円。軽油は6.06ISL=約185円。日本よりかなり物価の高いイスラエルですので、こんなもんか、という感じ。日本で軽油とガソリンの価格差が大きいのは揮発油税の扱いが大きいことを改めて実感。
スタンドのつくりは他の国とあまり変わりません。
支払いは、世界的標準の付属の店舗で。ここに食品をはじめこまごまとしたものも売っているのも世界標準です。まぁ、コンビニも兼ねている、と言えばわかりやすいでしょうか?
狭い店内にいろいろなものがぎっしり。
屋外にATMも設置されています。治安が比較的安定しているこの国ならでは。
外には、キャンプ用品などの商品が陳列?されています。
「これ、なかなかすごいな」と思うイスラエルの仕組みが「完全セルフ給油機」。カードを通し、セルフで給油と、全て自分で行うものです。日本のセルフスタンドは、消防法(危険物規制令)の関係で、いくらユーザーが給油機を操作したとしても、それを作動させる最終決定は、責任者が遠隔で操作しているとのこと。完全に利用者任せになっているこの姿は斬新です。

 

イスラエルの道路風景 מצב חניה בישראל
では、その他のイスラエルの道路の風景を見ていきましょう
高速道路は非常に良く整備されています。路面の舗装もキレイです。しかも無料。スピード違反の取り締まりはありますが、そんなに厳しくない印象を受けました。
道路標識はしっかり整備されていて外国人でも安心。道路沿いのサービスエリアは日本よりも少なめでしたが、そもそも無料で走れる道ですので、必要があればインターを降り周辺の施設に行けばいいので全く問題はありません。
市中の道路信号はこんな感じの縦型です。写真の道路に車がないのは、早朝だからです。(かなり危険なガザ地区にも比較的近い場所なので、素早く通り抜けたかったので早朝移動しました)
交差点はこんな感じ。
テルアビブからエルサレムに向かう幹線道路、国道1号線。反対車線は、前日の大雨で土砂が流れ出し、道路が遮断され、大変なことになっていました。
テル・アビブ市内です。渋滞がひどく車が動きません。ここが実質的な首都ですが、イスラエル自体はエルサレムが首都だと主張しています。しかしほとんどの国はそれを認めていませんが、2018年5月、アメリカのトランプ政権は大使館をエルサレムに強硬に移転してしまいました、正直、これでかなり中東和平はかなりぐちゃぐちゃになってしまいました・・・・。
テルアビブではトラムの建設も始まっていました。でも・・・この都市に地下鉄でなく、こんなものを作ったらもっと渋滞しそうな感じがするのは自分だけ?
テルアビブ、夕方の渋滞です。全然動きません・・。
夜のエルサレム付近。やはり渋滞しています。
高速道路はこのように非常に快適なのに、大都市付近はどうしても渋滞が起きてしまうようです。
そうそう、時々こういった有料道路もあります。大きなトンネルなどの場合ですね。
車線の上に、「現金」「カード」などと書いてありますので、それを見分けて進むことが大切。
ここはこのトンネル用の有料道路でした。
値段は10シュケル(300円)。そうそうヘブライ語はアラビア語と同じ右から書く文字ですが、数字は、その部分だけひっくり返って左側から読みます。慣れるとなんとなく読めますが、最初はかなり戸惑いました。
イスラエルは砂漠地帯も多く、こんな風景にもよく出会います。
どこまでもどこまでも続く道。走っていてすごく気持ちいい!
きっと、ラクダもこんな場所を進んだんだろうな、と思う風景にたくさん出会えました。
パレスチナ暫定政府支配地域の中でも、常に危険な「ガザ地区」に近い場所からみたイスラエルの大地。島国の日本人には考えられない征服し、征服されの歴史をずっと繰り返してきた場所です・・。さすがに普通の日本人旅行者が絶対に近づいてはいけない場所なので、極力近寄らないようにしていました。
道路沿いにある大きなショッピングセンター。いろいろなものが先進国並みに整備されている感じです。
テルアビブ近郊の小さな町、オル・イェフダ או יהודה Or Yehuda にあるショッピングセンター。世界各地でみるものとほとんど同じですが、デフレ気味の日本から見ると全てが高い印象を受けます。まぁ、日本が世界に比べて安すぎる国になってきているのも事実ですが。
テルアビブの街中にて。駐車場の入り口ですね。厳格なイメージがあるイスラエルで、こうした少々美しくない風景があることに安心してしまう自分です。
おお、まるで南米のような雰囲気。(個人的には好きです)
こうした風景はアラブの国のようでもあります。実際にアラブ系の方々もたくさんいらっしゃいます。
そうそう、イスラエルのレンタカーは、外から誰が見ても「レンタカー」と分かるように、ボディにレンタカー会社のステッカーを貼るのが流行っています。個人的には「ちょっとイヤだな」と思いますが・・・。。当然、自分の3008にも貼ってありました。

 

 

 

「パレスチナ暫定政府支配地域」と「ヨルダン領」と「実質的支配をしているイスラエル」とのはざまを走ってしまった
      ~「これはまずい場所にきてしまったかもしれない」と心から反省したナイトドライブ~

「死海地方を見たあと、翌日はレバノン国境近くのハイファ(アッコー)という街に行きたい」と思い、死海の畔の街で、ルート検索をしました。これはそのルート思案中のスマホのナビ画面です。このようにgoogle mapでは死海から西に移動し、テルアビブの近くを通り、そのまま地中海を北上するルートを推奨されました。263km、2時間50分。
普通の人は推奨ルートで満足するはずなのですが、「このルート、昨日走った道だなぁ」と感じた自分は、困ったことに他のルートも走ってみたいと代替えルートを探しました。次に出てきたのが、死海をまっすぐ北上し、最後に少し西に移動する国道90号を通るルート。247km。3時間18分。ここで普通の人は「少しでも速く到着する先ほどの推奨ルート」を選ぶのですが・・・。
とにかく「見たことがない場所に行きたい」「行ったことがない場所に行ってみたい」という放浪バカの自分は「やっぱり通って事がない道に行きたいな」と思い、代替えルートとして出てきた国道90号線を通ることを決めました。時間は午後6時頃。すでに日は落ちかけ、暗くなってきていましたが、「まぁ2.3百キロ? 数時間でしょ?遅くとも午後9時前に着くんだからあっという間だ」と思い進んでいきました。
・・・でも一抹の不安があったのも事実です。というのも、国道90号をとおるということは死海沿いの道=ヨルダン川沿いのルート=ヨルダンとの国境沿いを走ることになり、領土争いをしている紛争地域に差し掛かるのでは?と不安がありました。一応外務省の出している「危険地域」の地図を確認してみましたが・・・微妙な位置らしく、よくわかりません。「でもまぁ、Google mapに出ているくらいだし、大丈夫だろう」と進んでいったのです。ところが・・・・
いきなり前に検問所が現れました。しかも通行する車を有無を言わさず取り調べています。かなり動揺しましたが、自分の乏しい知識をかき集めた結果、「そ、そうだ。ここら辺はパレスチナの地区が続く場所だ!」と気づきました。
・・ドキドキ・・・・としていましたが、実は自分の車線はスルーパスで、隣の車線だけが検問を受けていました。
「なーんだ、大丈夫じゃん。」・・・人間なんて現金なもので、大丈夫となれば、さっきのドキドキはどこへやら。カーステの音楽を大きくかけ、ノリノリでっ暗い中を進んでいきました。
しばらく行くとこんな看板が出てきました。ナビはひたすらに左折を示します。
そうです。ここが上にあげた「地中海経由 2時間50分コースと、死海沿いコース 3時間18分コースの分岐点になる場所」でした。一瞬、「やっぱり速いコースにしようかな?」と迷いましたが、頭の中の地図はすでに死海コースに設定されていたため、まっすぐ行くことに決めました。
・・・・実はこの決定が大きな間違いだとはその時は全く感じませんでした。この道は、常識ある日本人なら、絶対に行ってはいけない道だと気が付いたのはここから100km以上進んだ後でした・・・。
・・・・・まっすぐな道を進んでしばらく進んだ時、明らかに街の灯が少なくなったことを感じました。もともと人口密度が高くないイスラエルですので、道が暗いのはわかるのですが、それにしたって明らかに見える光が激減しているのです。
・・「あれ? あれ?」と思いながらも進んでいきますが、漆黒のような黒さに不安は高まります。対向車もいません。先行車も、後続車もいません。ドライブとしては快適ですが、完全な漆黒の中を走り続けるのは不安しか抱きません・・
そして突然、照明が増えてきた場所が出て、ホッとしたのもつかの間、こんな黄色い看板が大きく出てきました!! その大きさと言葉の強さにただ事でないことを悟りました!
ただし、自分は3ケタkm/hで走っていたので、「やべー看板だ」程度しか読めませんでした。でも「何だったんだろう?」と思う暇もなく、次から次に出てきます。しかも毎回少しずつ違う部分もあります。
読んでみて・・・・。背筋が寒くなるのを感じました。そっか・・・自分は武装闘争が絶えない「ヨルダン川西岸地域」にいるのだと・・・。
看板にはヘブライ語、アラビア語、そして英語でこうあります。「イスラエル市民は、エリアAへの侵入を禁止する」。そうです。このエリアAというのはパレスチナ自治政府の支配地域。何度も何度も出てきているのは、この道の左側全体がパレスチナ自治政府の支配地域が続いている証拠。このヨルダン川西岸地域は、穏健派と言われるファタハ فتح‎ Fatah が権力を掌握している地域なので、ガザ地区に比べるとまだ良いのですが、それでも、普通の日本人が立ち入っていい場所ではありません。
ガザ地区は、反イスラエルの過激派ハマース حماس‎ Hamasの支配地域なので、砲弾がかなりの頻度で飛び交っているというのは理解していましたが、ヨルダン川西岸地域だってまずい場所に変わりはありません。道にはこの写真のように「曲がるなよ」「絶対曲がるなよ」と念には念を入れた警告が出ていました。「先ほどから周りが真っ暗だったのは、普通に民家が存在するはずない地区だからだ」なんて考えれば考えるほど不安になりましたが、戻る気もなかなかなれません・・。
そのうちこんな看板が出てきてさらに「ドキッ」です。この下にあるキングフセイン橋というのは、ヨルダンとの国境の橋。もっというと、エルサレムからヨルダンの首都アンマンを一直線で結んでいる道の端です。1963年の第三次中東戦争前は今いるこの場所も含めてみんなヨルダン領だったのにイスラエルが奇襲攻撃して奪ってしまった場所なので「実質上の国境なのに、ヨルダンは国境と認めていないので、出入国の難易度が高い」と言われる橋です。
実は、自分はイスラエルのあとヨルダンに移動しようとして、その方法をいろいろ探ったのですが、最短距離がこのキングフセイン橋を通るルートだったのですが、「国境と認めないヨルダン政府の方針で、この場所ではヨルダンビザを発行してくれないので、日本人がここを抜けようとすると事前にヨルダン大使館でビザの取得が必要」なんて記事を読んで、ここでの国境超えはあきらめた場所でした。
日本で計画を立てていた時、Google mapで何度も見た場所で「こりゃ、やべー場所にあるな。確かにここを抜けるのは難しいかも」と結局、フライトを取ったのですが、そんな場所に今、来てしまっていることを思い知り、心臓が高鳴るのを感じました。
この数日後、ヨルダン側に行って、このキングフセイン橋の近くまで行きましたが、ヨルダン軍の警備もなかなかのものでした。本当に本当にヤバい場所なんだな、と他人事のように感じました。
キングフセイン橋への場所を過ぎても、パレスチナ支配地域は続きます。かつてアリエル・シャロン第15代イスラエル首相が、「パレスチナに対し『イスラエルにとって有利な和平』か『パレスチナにとって不利な紛争』のいずれかをパレスチナに選ばせるように政策を進めていった」なんて話を聞き、パレスチナの人の悔しい思いを考えると、イスラエル側にいる人間がこの赤いエリアAに行くことの危険を強く感じます。
大きな警告板が過ぎても、何度も何度も、「絶対に曲がるなよ」と念を押されました。自分のようなバカが間違っても曲がらないように、という配慮かもしれません。
・・・そして極めつけはこれ。ただ国道を進んでいただけなのに、国境のような厳重な検問が出てしまいました。「やべー。バックするか」と思いましたが、どう考えてもそちらの方が怪しまれます。
・・しかたなく、あれよあれよという間にゲートについてしまいました。夜にもかかわらず、係員は3人。ライフルを持っていないことにちょっと安心しながらも、心臓はバクバクです。
どうやら担当するのはお姉さんのようです。・・・ええい、こうなれば仕方ない、しっかり対応しよう、と心に決めました。
「ערב טוב (エロルトゥ:こんばんわ)」と元気に声をかけ、パスポートと免許証を提示。係員のお姉さんに「どこに行くの?」「どこからきたの?」「何しに行くの?」「宿泊するホテルの名前は?」などいろいろ質問されました。やましいことは何もないので、その全部に丁寧に答えていきました。
5分ほどいろいろ聞かれた後、お姉さんは「להתראות(レヒトーゥ:バイバイ)」と軽く言い、ゲートを開けてくれました。
「תודה(トダッ:ありがとう)」と言いながら ・・良かった・・と心から安堵した瞬間でした。
というわけで、死海沿いの国道90号を通り、北に走り抜けてしまいました。上のGoogle mapを見ていただければわかるのですが、この国道90号。ストリートビューもあり、画像を見ていると、「いろいろ言うけれど大して危なくなさそうじゃない?」と思う方もいると思います。確かにネット上で見ているとそう感じると思います。しかし、実際に行ってみると、今なお紛争地域という現実はあまりにも重く、少なくと自分のような、普通の旅行者が決して足を踏み入れてはいけない場所だと強く思います。いつ戦闘が始まるかわかりませんし、下手にノコノコとパレスチナ地域に入れば拘束される可能性は非常に高く、国や外務省に多大な迷惑をかけることは間違いありません。一例として、Google mapを見ていただければ自分が通った国道90号線沿いはストリートビューもばっちりあるのですが、そこから一歩入ったパレスチナへのストリートビューは全くありません。つまりgoogle も立ち入っていない場所、ということになります。ちなみに上の黄色い看板の文言もストリートビューにはモザイクがかかっていて読めません。パレスチナ側を刺激しない配慮、ということでしょうか?
 なお、上にも書きましたが、このヨルダン川西岸エリアはパレスチナ政府内でも穏健派と呼ばれるファタハ فتح‎ Fatah が権力を掌握している地域で、比較的安全、と言われているエリアですが、エジプトに近いガザ地区は、過激派武装組織ハマース(またはハマス) حماس‎ Hamasの支配地域なので、一般人が近寄るのはかなり危険です。アメリカ政府はハマースを「テロ組織」として指定しており、IS(イスラミックステート)と同様とまでは言いませんが、かなりの頻度で戦闘が起きています。実は自分が訪れるこの1週間前にもガザ地区周辺で戦闘があったとどこかのニュースサイトに記事が出ていました。(このような話題は日本では決して報道されませんが、中東や欧州メディアの通信社のサイトにはいろいろな事件が載っています)
 こんな自分の駄文に興味を持っていただいた方がいたとしても、ここには絶対行っていただきたくない、とこんなものを書いてしまいました。くれぐれも興味本位で行くことはないように、自分のように中途半端な知識と行動力でフラフラと迷い込むことがないように、ぜひぜひしていただきたいと思います。

 

 車を返却  החזיר את הרכב
さて、いろいろあったイスラエルドライブも終わり。ベングリオン空港の返却場所に向かいます。
大勢の旅行者がレンタカーを使うので、多くの会社が24時間営業をしていました。
ODD計が966kmを示していますが、新車でしたので、このほぼすべてが自分の走行です。例によって超長距離を運転してしまいましたが、非常に快適なドライブでした。
Europecarの返却用オフィス。
この車で空港ターミナルまで送っていただきました。
「イスラエルドライブ、いろいろあったけどすごく良い経験になりました。めでたしめでたし」、と無事終了と思ったのですが・・・・
実はこの後、またもや大変なことになりました。自分はこの後、隣国のヨルダンまで(60kmの)超短距離フライトをしたのですが、その飛行機に乗るまで、つまりイスラエル出国の審査が大変だったのです。山のような機材を抱え、短期間にイスラエル各地を訪れ、しかもものすごく近い隣国にフライトで移動しようとする怪しい東洋人、とみられたようです。3人の係員にそれぞれ20分以上、旅の目的と日程。そして家族や仕事のこと。イスラエル国内での詳細な動きなどありとあらゆることを聞かれました。確かに撮影機材はフルサイズ一眼や超望遠レンズ、高級コンデジ、水中デジカメ、GoPro、360°カメラTHETA、4K撮影のドライブレコーダーなど異常なほどあるし、PC、スマホ、タブレット+常時ネットに接続できる環境もあるし、そもそも1000km近く走り回ってしまったなど確かに怪しいことだらけだけど(笑)、やましいことは何一つないので、一つ一つ丁寧にデータも示しながら一生懸命説明しました(日本出国時、本当は4Kが撮れるドローンも持ってこようと思ったのですが、やめておいて正解だったと心から思いました)。でも、完全にテロリストに接しているかのように、あまりにも執拗な長時間にわたる尋問で「これは絶対に終わらないかも」「やべー。フライト時間に間に合うかなぁ?」とも思っていたのですが、時間ギリギリになってふと「・・・ have a safe flight!」とボソッと言われ解放してもらいました。
やはりイスラエル。厳しいこともたくさんありましたが、それだけに唯一無二の経験もできる国でした。とても得難い経験ができたと思います。

 

 

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