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ホラショヴィツェの歴史的集落 Holašovice Historical Villagen



【概要】
チェコ南西部の南ボヘミア州に位置する、小さくてのどかな農村です。もともとは、13世紀中ごろ、ボヘミア王が修道院に寄進した土地に、18〜19世紀につくられた民家が今も並んでいます。より正確に言えば、1292年、ボヘミア王ヴァーツラフ2世が、村とそれに付随する物をシトー会派ヴィシー・ブロト修道院に寄進したのがこの村の始まりのようです。
今はとても美しい、かわいい村でずっと以前からここにあるような印象を受けますが、実は苦難の道をたどってきた場所でした。
 一つ目の苦難は「14世紀のペスト」の大流行です。1520年から1525年にかけての猛威を振るった「黒死病」により、人口は2人まで減ったそうです。
 もう一つは、住人の方の変化です。様々な変遷の中で1930年代にドイツ系住民が増えていったそうです。よってここはチェコ語地域の中のドイツ語圏の飛び地となりました。1895年にはドイツ系住民が157人、チェコ人の住人は19人だったそうです。そして大きな2度の世界大戦ではドイツは敵国となりました。大戦後はドイツ系住人の追放され、チェコスロバキアとなったこの国では、冷静時代、ここは見捨てられ荒廃の一途をたどりました。
 転機はソ連崩壊。荒れ放題だったこの村も、建物の損壊は免れたとのことで、1990年には村の修復がなされ、徐々に人が住むようになってきました。現在の住民は23軒140人ほど。直接的に農業を営む人はわずかですが、鶏やウサギなど生活を支える家畜を大切にしながら伝統的な文化を守って暮らしているそうです。

【アクセス】 チェコの数ある世界遺産の中でも、アクセスのしにくさNo.1と言えばここ、ホラショヴッツェだと感じました。いや、そんなに山奥にあるわけではありません。プラハから直線距離で120km。チェスケー・ブジェヨヴィツェという比較的大きな町から西に僅か15kmの所に存在しています。プラハからチェスケー・ブジェヨヴィツェまでは、バスや鉄道で2時間から3時間半程度です。しかしそこからバスで40分程度らしいのですが、自分が訪れたときは一日数本という感じでした。
 アクセスしにくさというのは公共交通機関はもちろん、車やバイクを操って行ってもなかなかたどり着く事ができないということです。というのも、自分が訪れたときは「ホラショヴッツェ」という名称自体、○○県○○群○○村ホラショヴッツェ地区という感じで、地図にも載らず、そして知っている人は至近距離まで行かないといない、という場所だったから。今ならスマホの地図を使っていけば簡単ですが、訪問当時、スマホなんてものはなく、またチェコ対応のカーナビも持っていなかったので、(私は車を使っていったのですが)途中で本当に何人もの人に聞かなくてはならなりませんでした。それで実際に行ってみると、写真のような19世紀前半に建てられた南ボヘミア風バロック様式の農家がズラッと並んでいました。苦労しただけに着いたときの喜びはひとしおでしたが、「ん?、これだけか?」という気も・・・。しかし、世界遺産登録というとすぐに経済効果だの、観光開発だのと商業主義に結びつけてしまう某国と比べると、こういう世界遺産サイトこそ重要なのかもしれません。

 


ホラショヴィツェの歴史的集落 Holašovice Historical Villagen
中世から続く、ボヘミア地方の特徴的な農村風景が今も残っています。800年の歴史を持つ集落ですが、歴史上、何度も消えそうになりながらも、1990年からなんとか復興し、現在の姿になりました。
カラフルで、美しい農家が並んでいます。黄色やピンクと言った暖色系だけでなく、青などの寒色系の外壁を使った建物もあります。この手前の青い家はとても大きく、一つは住居、もう一つは農機具などを入れるガレージ(兼馬小屋?)になっていました。
切妻面など、特徴的な形をしていますね。雨の多いことが前提の日本の建築とはいろいろが根本的に違います。家の前にある装飾は、「この家にお嫁さんに来て」というアピールだそうです。
この場所がホラショビッツェということを証明する唯一の看板です。ゴランの通り、信号も商店も、何かの看板すら何もない場所ですので。
真ん中の草地はきれいに整備されていました。ここは公共の草地とのこと。写真の右側にある小さな黄色いものはネポムクの聖ヨハネ礼拝堂。1755年に建てられたもので、村の中心的存在だそうです。
そうそう、この村にある唯一の例外的な建物です。これはなんとツーリストインフォメーション。ただし、(車が止まっていますが)閉まっていました。この建物の横にある小さなものは、バス停です。バスの時刻表は・・
これです。かなり見にくいのですが、バス停の建物内に貼ってあった時刻表です。1日に数本、周辺の町からのバスが来ているようでした。言い換えると、それ以外のアクセス方法はなく、車などを使わないと旅行者には厳しい場所です。
ここから写真の画質が劇的に悪くなることをお許しください。 これは村内にあった看板です。ZABORIの村から3km、LIPIの村から8kmの位置にある場所ですが、車で来る場合、 ZABORIから来る方が道的には分かりやすいと感じました。
真ん中には大きな池がありました。
大きなトラクターが置いてあります。この村は農家の村なので、ある意味当然ですが、高性能協力トラクターと牧歌的な村の対比が面白いです。
少し離れると、もう市街地、というか人家のあるエリアは終了です。本当に「ここが世界遺産でいいの?」と思うほど小規模な場所です。
それぞれの農家は後ろに長く、広大な敷地を持っていることがわかります。
ツーリストインフォメーションの建物は、やはり他と違っていますね。
現在は23軒、140人ほどが暮らしているそうです。数々の苦難を乗り越え、この風景があるのですね・・・・。

 

ここは車を借りて訪れました。詳しくはここ。
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