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国名 |
世界遺産サイト名 |
登録 |
登録基準 |
登録分類 |
パレスチナ国 State of Palestine دولة فلسطين |
イエス生誕の地 : ベツレヘムの聖誕教会と巡礼路 Birthplace of Jesus: Church of the Nativity and the Pilgrimage Route, Bethlehem |
2012 | (iv)(vi) | 文化遺産 cultural |
パレスチナ国 دولة فلسطين、Dawlat Filasṭīn、State of Palestine。
地中海東部のヨルダン川西岸地区およびガザ地区から成り、首都は東エルサレム。約500万人の人口を抱えています。
パレスチナについて語ると、いくら紙面があっても足りないのですが、一番重要なことを一言でいうと、日本をはじめG7諸国はパレスチナを国家として承認していませんが、”世界遺産から見る”と、パレスチナは明らかな”国”であり、国家として認められているということです。
私か語るまでもなく、パレスチナ周辺の歴史は、侵略と戦いの歴史です。しかも有史以来、様々な歴史が連綿とつながっており、それが現在もそのまま現実の争いとして受け継がれてしまっています。
1988年、パレスチナ解放機構(PLO)ヤセル・アラファト議長による、パレスチナ国家成立宣言以来、パレスチナを国家として承認する国は増え続けました。
そして、2011年9月23日。パレスチナは国際連合への加盟申請。その結果、2011年10月31日には国際連合教育科学文化機関(UNESCO:United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization)の加盟国として承認されました。そして、2012年11月29日には国連総会において「オブザーバー組織」から「オブザーバー国家」に格上され、国連では「国家」の扱いを受けることになりました。2019年現在、国際連合加盟国の193ヶ国中、137ヶ国が承認をしています。
つまり、日本及び、G7諸国、EU諸国(スウェーデンを除く)などからみると、国家ではないのですが、それ以外の国から見ると完全に一つの国家として認められているということです。
このパレスチナと世界遺産、じつはとても重要な問題があるのです。パレスチナの実質の最大敵対国はイスラエルですが、このイスラエルの背後にいるのがアメリカ。そしてアメリカの影響を大きく受ける(旧西側)先進国は結果的にパレスチナの対立国になってしまっています。イスラエルとすれば、パレスチナに力を与えることは絶対に嫌ですので、国際的な地位の向上につながる国連への”国家”としての承認は絶対に認められませんでした。しかし、「パレスチナはやはり一つの国家である」と考える国も多く、1988年の国家成立宣言以降、パレスチナを承認する流れは確かなものになっていきました。
大きな転機は、2011年10月31日。ユネスコの総会です。この時、パレスチナのユネスコへの加盟が審議されました。イスラエルを先鋒として、アメリカも強く反対。しかし、アラブ諸国をはじめ、反イスラエル、反アメリカ勢力の国々が強く推しました。そして採択の結果、加盟賛成が107票、反対14票、棄権52票で、国としての正式加盟を承認したのです。
すると、アメリカはこの決議案に強く反対し、その対抗措置として、ユネスコの分担金負担拒否、そして2017年10月にはユネスコ脱退表明をしました。2018年末に脱退が発行し、アメリカはオブザーバー参加国になっています。それまでアメリカは全体のユネスコ分担金を20%以上負担する最大拠出国でしたが、その後、日本が最大拠出国になっています。
ちなみにアメリカがユネスコを脱退するのは2回目。1984年にジャーナリズムと途上国の新しい関係を提案した「新世界情報秩序」に反対していらいです。この時は「ジャーナリストを許可制にする」という東欧諸国の案に反対したイギリスなども同調しましたが、2003年には復帰しました。
今回は、パレスチナ問題に絡んでの脱退ですので、イスラエルも2017年10月に脱退を表明しました。
ということで、たかが世界遺産・・ではありますが、国家の威信をかけた争いの一端を明確に表す視点の一つになってしまっています。