トップ > 世界遺産・エッセイ > 旅行記 > ロシア・中東・イベリア紀行 第4章
「さあ。着いた!」
僕は元気よくタラップを降りて、シェレメチェボ空港の地面に降り立った。
【photo:シェレメチェボ空港に到着! 】
日本の空港の多くがボーディングブリッジと呼ばれる搭乗橋を利用するのに対し、海外の空港はこういった旅客ターミナルから離れた場所でタラップを使って降り、バス移動することも多い。
「ああ、これがモスクワの風かぁ・・・・」
そしてふと思った。
そうなのだ、全然寒くない。冷たさを全く感じない空気である。しかも地面に雪が全くない。成田よりも寒くないかも、とすら感じる。後で調べると、この2019-2020年の年末年始の平均気温は過去最高を記録していた。本当に寒くない冬だったのである。
モスクワには主な国際空港が3つある。
ドモジェドヴォ空港 Междунаро́дный аэропо́рт Москва́-Домоде́дово(IATA略号: DME,ICAO略号:UUDD)
ヴヌーコヴォ空港 Международный аэропорт Внуково (IATA:VKO, ICAO:UUWW)
シェレメチェヴォ空港Международный аэропорт Шереметьево(IATA:SVO, ICAO:UUEE)である。
このうち、ここシェレメチェボ空港は、モスクワ随一の空港だったにも関わらず「汚い」「治安が悪い」「係員の態度が悪い」と悪評だらけの空港だった。加えて空港内で写真でも撮ろうものなら係員にカメラを取り上げられ、賄賂を請求される、なんて噂もよく聞いた。しかし、実際に到着してみると噂とは全く違う、普通のきちんとした、小綺麗な空港だった。カメラを出していても、特段注意されるわけでもなく、いかつい警備員がいるわけでもない。一時、ここの評判の悪さにドモジェドボ空港に避難していた日本航空も2019年からシェレメチェボに帰ってきたという話も納得である。
【2】 ロシア共和国の概略
【ロシア国旗】 白は高貴と率直、青は名誉と純潔性
赤は愛と勇気の「スラブ3原色」と呼ばれる
【3】入国審査と両替
さて、話をモスクワの空港に戻そう。外国から来た人間が、別の国に入国する際必要なのが入国審査である。一般的には、CIQと呼ばれる次の3つの審査が入国手続きになる。
1.関税に関わる税関(Customs)
2.パスポートやビザを確認し、入国する資格がある人物か審査をする出入国管理(Immigration)
3. 持ち込む動植物の病原菌の有無を管理する検疫(Quarantine)
基本的にどこの国境でも、この3行程があるのだが、審査の厳密さや所要時間は全く違う。ビザがあれだけ厳しいロシアの場合は…と、ドキドキしていたが、実際はものすごく簡単だった。
入国審査官の若い女性は無言で、自分のパスポートをけだるそうに受け取ると事務的にスキャンし、登録データと確認していく。一瞬、顔写真とこちらの顔を一瞥しただけで、何言も発さず、淡々と作業を進めていた。そしてその場で印刷された出入国カードにサインをするよう手で促し、半券とパスポートを無造作に投げ返した。以上終了である。待ち時間だけは長かったが、なんともあっけない入国だった。
【photo:英語も併記してあるシェレメチェボ空港の案内板 】
「さて・・」と歩き出しながら、手元にロシア通貨がないことに気づく。そうなのだ。外国歩きで留意すべき事柄に「両替」がある。すべての国でVISAやMasterクレジットカードが普通に使えることが当たり前で、電子決済も始まっている国も多いが、やはり現金も必要なのでどこかで両替する必要がある。市内の両替所のレートの方が良いことも多いが、ここで両替しないと何もできないので両替所を探した。
【4】 キリル文字の表記
そうだ、ここでロシア語の表記について書きたい。ロシアの言語は当然ロシア語だが、ほかのラテン語アルファベット表記とは、似ているがかなり違っているいわゆるキリル文字、と呼ばれるものを使用している。私たち日本人から見ると読めない字がかなり入っている文字である。
大文字…АБВГДЕЁЖЗИЙКЛМНОПРСТУФХЦЧШЩЪЫЬЭЮЯ
小文字…абвгдеёжзийклмнопрстуфхцчшщъыьэюя
ルーツとすれば、ブルガリアの僧侶キリルたちがキリスト教を広めるためにギリシア文字を元にして作ったもので、ギリシア正教とともに東ヨーロッパに広まった文字らしいとのこと。観光ガイド付きのツアーならば、ロシア語が読めなくても問題ないが、自分のようにぶらぶら好きに歩いている人間は、話せなくても、せめて読めなければ致命的である。特に地名がわからないと、駅でも、道路でも行き先が分からなくなる。
難しそうに見えるキリル文字。でもルールと読み方さえ理解できれば、ラテン文字に変換でき、自分たちにも発音できる代物である。文字自体が全く見当もつかないアラビア語(اللغة العربية) や、タイ語(ภาษาไทย)、スリランカのシンハラ語(සිංහල)、そしてイスラエルのヘブライ語(עברית)などに比べるとはるかに読める気にさせられる、少なくとも何となくは読めそうな気になる文字である。
ここのポイントは「文字の読み替え」、つまりキリル文字の何が、ラテン文字に何になるかを覚えてしまえば、読むことは読めると思う。具体的には以下のようになる。
まず、ラテン語表記でもキリル文字でも変わらないものはA,M,O,T,X の5つ。
あとは変換してから読む必要がある。ちょっと長いがまとめてしまうとこうなる。
БはB、ВはV、ГはG、ДはD、ЕはJe、ЁはJo、ЖはZh、ЗはZ、ИはI、ЙはJ、КはK、ЛはL、НはN、ПはP、РはR、СはS、УはU、ФはF、ЦはC、ЧはCh、ШはSh、ЩはQ、ЫはY、ЭはE、ЮはJu、ЯはJaとなる(正確には加えて、分離記号(硬音記号)のЪと、軟音記号のЬがある)
紙面の都合上、大文字だけをあげた。一見、とても分かりにくいが、それでも「CはF,PはR」などとよく出てくるものから覚えていくと、何となくは読めるようになってくると思う。
よって、例えば 「ロシア」はラテン語表記 Russia 、キリル文字表記 Россия
航空会社「アエロフロート」はラテン語表記 Aeroflot 、キリル文字表記 Аэрофлот となる。
【photo:シェレメチェボ空港の両替所にて。
Обмен は両替(英語でExchange) валютаは通貨(Currency) 。当たり前だが発音できてもロシア語単語を知らないと意味が分からない・・ 】
なお、この稿の中での話だが、固有名詞などには現地語も併記させてもらっている。やはりその国の言語は国の文化の根幹を成すものであるし、日本語表記では表現のブレが多く、自分の書き方が果たして正解なのか自身が持てないからである。特に固有名詞に関しては、表記や発音が微妙に異なり、様々な表記法が存在してしまう。よって、少々お見苦しいが、私のメモとして現地語やラテン語表記を併記させていただければ、と思う。
【photo:モスクワ中心部の聖ワシリイ聖堂前の道路標識
стопはstopの意味。発音も「ストップ」と英語と完全に同じ 】
【5】 市内へ
【photo:シェレメチェボ空港のアエロエクスプレス乗り場 】
【6】 列車の中で
現代風の車内にはカラフルな広告付きの椅子が並び、とても元共産圏の列車とは思えない。2階建ての長い列車ではあるが利用客は多いらしく、すぐに満席に近くなった。
【photo:近代的なアエロエクスプレス車内】
「コトッ コトッ」
静かな走行音に、近くの乗客のロシア語会話が混ざる。車窓の街の風景はすでに夜のとばりが下りていたが、人々はまだまだ活気に満ちて活動していた。
「あーあ。本当に来てしまった・・・・」 「これがモスクワかぁ・・・」 「意外と普通じゃん・・・」
やはり、かつて見たソ連のスパイ映画の影響があり、頭のどこかで「モスクワは監視社会で、トカレフやカラシニコフを携えたKGBがいたるところに潜んでいて・・」なんて思っているから、当たり前に夕暮れの家路を急ぐ普通の人々の姿を見て、なんだか不思議な、穏やかな気持ちになってくる。
それは異国へ無事着いたという安心感と、どこか恐れていたロシアがごく普通の一般的な国であるという事実からの安心感から来ていることに自分でもわかっていた。
【7】 列車の中で判断。ロシアの運転の可否判断。
【photo:2階建て高速電車ESh2型<Eurasia>に乗車! 】
「異国の首都に潜入している」という軽い興奮のまま、流れゆく街の明かりを見ながら、ふと我に返った。
そうだ、この車内でやりたいことがあったのだ。
それは
そうなのである。
「運転マナーが最悪と言われるモスクワを」「外国人が車を借りて」「雪の降る厳冬期に車を運転する」
なんてのは、正気の沙汰でないことは十分十分理解している。
でも自分には「もし現地で少しでも可能性があるならば、どうしても車を借りたい」という欲求があったのだ。
モスクワに行ったら、できれば、いやぜひ行きたい場所があった。それはモスクワ市郊外にある博物館である。モスクワ中心部から50km。モニノという小さな村にある博物館をどうしても訪れてみたかったのだ。
調べてみると公共交通機関でもなんとか行けそうな場所で、めったに来ない電車を3~4本乗り継いでから1時間歩けばいいらしいが、もし本当に行くとすれば確実に1日使ってしまう。でもそれでは、自分のモスクワ滞在時間がこの博物館だけになってしまう。博物館も超重要だが、せっかくモスクワにいるのだからせめて「赤の広場やクレムリン」だって見てみたい。
そういろいろ考えて、自分の贅沢な悩みを解決するベストな方法として
「赤の広場は電車で行って、郊外の博物館は
車を借りていけばいいんじゃない?」という結論を出していた。
【photo:夜のモスクワ市内の道路 】
「どうしよう」
・・・・流れゆく車窓を眺めながら小声でつぶやく自分がいた。
「外国の運転」「しかもロシア」「しかもモスクワ」「しかも真冬」・・・。おそらくレンタカーを運転するのにこれ以上過酷な条件はあまりないであろう。実をいうと自分は車の運転が大好きで、既に世界各国で運転している。よって、ほかの人よりも少しは経験値があるが、ロシア訪問も初めてであるし、当然ロシアを運転したこともない。日本の免許証はずっとゴールドの無事故無違反で過ごしており、無事故の大切さ、安心・安全の大切さ、ありがたさは何物にも代えがたいこともよくわかっている。
誰に聞いても、そして自分の心の中に問うても「絶対やめといたほうがいい」というと思う。
「でも・・・」
でも・・なのである。それを押し切っても運転したい欲求を抑えきれず、どうしようもないバカな自分がいた。
日程はもちろんだが、かつてのバックパッカー時代と同じく「ロシアで車を運転する」という少々危険な香りの行為自体をやってみたいという困った気持ちもあり、悩みに悩んだ。
判断基準は「運転のマナー」と「雪の有無」と考えていた。
「運転マナーがあまりにもひどかったらやめよう」「雪が降っていたり、路面が凍結していたら潔くあきらめよう」
そう考えていた。
・・・今、車窓を見る。
「運転マナーが悪い」と言われていても、郊外を走るアエロエクスプレス沿いの車はいたって普通に走っている。どの車も思ったよりも普通の、安全運転をしていた。
そして心配の「雪」。見渡す限りどこにも雪がない。当然、路面は乾いている。そもそも空港に降り立った時も寒くなかった。つまり「雪はない」状態、とみるべきであろう。スマホで明日のモスクワの天気予報を調べと「明日は晴れ」。ちなみに「あさっても晴れ」だった。
こうなれば、もう、ためらうものはなかった。
「よし、車を借りてしまおう!」
それにしても、レンタカーの有無を悩むなんて、自分の旅のスタイルもずいぶん変わったもんだ、と思う。かつての貧乏個人旅行バックパッカー時代には車を使うなど夢にも考えなかった。
しかし、よく考えると結局「当日ぎりぎりで判断」「現地に行って考える」「リスクを含んだハラハラ・ドキドキ感が好き」は何も変わっていないことに気づいた。
「・・・・なーーんだ。結局、やっていることは変わらないんだ・・・・」
そう気づくと、思わず苦笑してしまう。
それは、旅の本質が少しも変わっていないことを少しうれしく思う気持ちもあった。
「まもなくベラルースキー駅に到着します。乗り換えは・・・」
車内アナウンスが響く。
気が付くと列車は終着駅に近づいていた。
僕は破れかけたバックパックをそっと抱き上げ、下車準備を始めた・・。
列車は、静かにベラルースキー駅に滑り込んだ。帰宅時間にも重なるホームだったが、空港特急専用ホームは人気が少なくガランとした雰囲気。ホームの横の階段を上がっていくと目の前に古く立派な駅舎が見えた。そこに堂々と書いてある文字は、「Москва́」そう「モスクワ」と書いてあったのである。
【photo:ベラルースキー駅建物の上には“モスクワ Москва́”の文字 】
「わお。モスクワって書いてある・・・」
しばらくその看板に見とれていたが、あることを思い出し、ちょっと笑顔になって歩き出した。
思い出したのは、モスクワの駅名ルールである。
モスクワ市は人口約1200万。つまり東京と同じ規模の都市である。旧ソビエト連邦の首都であり、旧共産圏、東側諸国の中心国家であり、現在のロシア連邦の首都でもある。
これだけの大都市なので、周辺諸国へ向かう鉄道駅が多数ある。その駅ルールが独自で面白い。
まず、列車発着の中心となるターミナル駅が9つもある。
ヤロスラフスキー駅(Ярославский вокзал) カザンスキー駅(Казанский вокзал)
サヴョロフスキー駅(Савёловский вокзал) リーシスキー駅(Рижский вокзал
クールスキー駅(Курский вокзал) パヴェレツキー駅(Павеле́цкий вокзал)
レニングラーツキー駅( Ленингра́дский вокзал) キエフスキー駅( Ки́евский вокзал)
そして、ベラルースキー駅(Белорусский вокзал) の9つである。
これらを見ただけで東欧諸国に詳しい方は何か感じるかもしれない。そう、これらは全て行先の都市名の駅名になっている。キエフ行きならばキエフスキー駅、リガ行ならばリーシスキー駅という具合である。もしこれを日本に当てはめると、青森駅行は、上野駅でなく「東京の青森駅」から出発する「青森発、青森行の列車」に乗ることになる。同じく大阪行きならば「東京の大阪駅」を出発する「大阪発 大阪行き」になるわけだ。
この命名法、メリットもありそうだが、慣れないと混乱すること間違いなし。本数が少ない昔ならばなんとかなったが、多数の列車が行きかう現在は、駅名と行先がずれてしまっていることも多く混乱する、とも聞いた。でも、そんな奇妙な駅名ルールがあるのもロシアらしい、と愛らしく感じてしまう。
脱線次いでにもう少し書いてしまおう。ロシアの地名は「都市名」+「規模」からできていることが多い。具体的には、集落:スカヤ(ская)、村:スコエ(ское)、町:スキー(ский)、市:スク(ск)、大都市(城塞都市):グラード(град)が語尾につく地名が多い。よってレニングラードやユジノサハリンスクなど聞いただけで町の規模がわかる仕組みになっている。ただし、日本人にもなじみ深い極東のウラジオストク(Владивосток)は「東(восток)」と「支配する(владеть)」からできているので、生半可な知識ですべてを語ることはできない。
閑話休題。駅の構造は簡単なようでいて、何度も同じところをぐるぐる回ってしまった。戸惑った原因は「セキュリティチェック」の存在である。そうなのだ、ロシアの駅には、必ずセキュリティチェックがあるのである。駅だけではない。公共施設や大きなスーパー、名のある公園などへ入るときは必ずセキュリティチェックがある。しかも人の流れを一方通行にしているところも多く、最初はその存在や意味が分からず、まごまご、うろうろしていたら強面の係員のおじさんから声をかけられてしまった。
「うわっヤバッ」と思ったが、意外なほどやさしい声だった。
どうやら「外へ行くの?」と聞いている。要するに駅構内から外に出たいかときいていたのである。
「そうです!」と答えると、機械の横をわざわざ開けて通してくれた。どうやら駅構内へ入る人専用のチェックポイントで困っていたようである。
「Спасибо (スパシーバ:ありがとう)」と、機内で覚えたばかりのロシア語であいさつすると、強面のおじさんは「あいよ」という感じに笑顔で返してくれた。
ほんの一瞬のことだが、旅先でのこうしたやり取りがうれしい。おそらく人生で二度と合わない人かもしれない。でも、こうした心の会話は、どんな暖房でもかなわないくらい自分の心を温めてくれるのを感じた。
そうそうセキュリティチェックだが、そういえば、先ほどアエロエクスプレスに乗車するときもやはりチェックを受けた。日本ならば「何事か??」と思うが、すべての人が淡々と通過しているのを見て、「ああ、これが日常なんだ」と悟った。一瞬、何か怖いものに感じるが、よく考えると「これらは自分たちのような旅行者をドキドキさせるものではなく、地元民に紛れている悪い奴を探すため」のものにも感じた。
「こちらの方が、むしろ安全かも・・・」とさえ感じる。
そうやっていつもとは逆転の発想をしている自分に驚く。テロやデモなど社会的衝突の危険性がある世界では、むしろチェックしてもらった方がありがたいとさえ感じた。結局、実体験が柔軟な思考の変化も生む・・ということかも知れない。
さて、夜のモスクワにいきなり放り出されても困るので、この日の宿は予約しておいた。そうそう「基本は宿を予約せず」と前述してしまったが、正確には「泊るとわかっている都市の宿は予約する」ことをしている。夕方になって都市のどこに向かえばいいのか困るし、何より時間の無駄だからである。
宿の予約はネットサイトをフル活用している。ロケーション、設備、アクセス、そして値段・・。詳細な地図を含めて、今やネット上で全て検索できるので、その時点のあらゆる要素を考慮し予約をしている。使うサイトも多種多様だが、最近よく使うのは、Booking.com、Agoda、Expedia あたりだろうか? 必要に応じてTrivagoのような比較サイトやホテル直営サイトも使うが自分にとってはBooking.comが一番使いやすく、かなりの数のホテル予約をこのサイトから行っている。
今回、モスクワの宿は、アエロエクスプレスの下車駅の近く、そしてその後の移動もしやすい場所で検索した。このベラルーシスカヤ駅は、各所につながっている地下鉄駅もあり、つまりこの駅に近いホテルであればいい、ということで、解説に 「ブティルスキー・ヴァル・ウーリツァ通りとトヴェルスカヤ・ウーリツァ通りが交差するモスクワ旧市街にあります。地下鉄環状線のベラルーシスカヤ駅と、シェレメチェボ空港からの空港特急が停車するベラルースキー駅から徒歩2分にあります」と書かれていた Гグランドホテル ベラルースキー」を予約した。
暗い駅を出て、スマホをそっと出してみる。Booking.comのアプリはgoogle mapと連動しているので、予約画面を追っていくだけで、目指す場所が地図上に出るのでものすごく便利なのだ。
「よし、駅を出て左側だな」
そういって、歩き出した。道行く人はみな急いで歩いている。タクシーや車の流れもひっきりなしである。でも、やはり特別な恐怖は感じなかった。一部途上国で感じる、「身の危険を感じる治安の悪さ」も感じなかった。 そこには単に、師走の忙しい一日を終え、家路を急ぐ、ご く一般のモスクヴィッチ( Москвич:モスクワっ子)の姿があるだけだった。
5分ほど歩き、google mapが示す建物についた。しかし、どこにも入り口がない。大きなビルはあるが、1階部分は閉店している洋装店らしい店があるだけ。
【map:ベラルースキー駅とホテルの位置関係 ©Google 】
「あれれ?」
大量の機材が入った重さ30kg近い荷物を背負いながら、何度もスマホを確認する。地図上のホテルの位置は確かにこの建物らしい。念のためホテルの住所から地図を検索してもやはり結果は同じ。つまり、この暗くて巨大な建物がホテルらしいのである。しかし、入り口がない。
仕方がないので別の入り口がないか探す。別の壁面もやはり真っ暗で何もない。ただし小さな商店や食堂が並んでいるような小さな入り口だけが開いていた。
「あれ、おかしいな」
再度、いろいろな方法で検索してみた。でも出てくる全ての情報は、入り口がないこの真っ暗な建築物が「グランドホテル ベラルースキー」であることを指し示していた。
しばし悩むが、ここで悩んでいても仕方がない。唯一、光が指していて営業中らしいあの商店に入って、中の人に聞いてみよう思った。入り口に検問はなかったが、警備兼案内のおじさんがいた。
「Добрый день (ドーブライ ヂェン:こんにちは) 」と、これも機内で覚えたばかりのロシア語であいさつをする。夜なので「こんにちは」はおかしいが、他に知らないのである。そして続く言い方も全くわからないが、
「ホテルをさがしているんだけど?」と聞くと
「アップステアーズ (二階だよ)」と、明確な発音の普通の英語で返ってきた。
「なーんだ」・・・。
「ここが入り口なんだ」「二階に行けばいいんだ」「英語が通じるじゃん」という様々な思いを一言に詰め、そうつぶやきながらエスカレーターを上がるとそこには確かにホテルらしい受付があった。
受付氏は笑顔が素敵なおばさま。本当にここが目指すホテルなのか心配だったが、声をかけると
荷物を解いた後、明日の動きを軽く確認する。
実はモスクワの夜は一日しか確保していない。明日の深夜にはイスラエル行きの飛行機に乗るためである。
「明日の朝は、できるだけ早く起きて、ここの朝食を食べる」
「そのあと、クレムリンと赤の広場へ」
「そのあと、モスクワ市内にあるおもしろそうな場所へ」
「レンタカーの予約は午後1時からにしてあるから、それまでに空港へ戻る」
「空港で車を借りて郊外の博物館へ」
「そして空港へ戻る」
と、ラフな案を組む。時間がある旅ならば、すべてがもっとゆっくりできるだろう。しかし、なんとか時間を作って出てきている旅である。しかもできることならば、やりたいことを全て詰め込みたいと考える。だから効率的に動くために「プランを立てる」「実施をする」「現状をみて修正する」を常に行っていくことは必須なのだ。
時間を見るとまだ夜8時。機内食が2回出たので空腹ではないが、せっかくなので街をあるいてみたい、ちょっとした軽いものがあれば食べたい、と外に出ることにした。ちなみに日本は6時間進んで午前2時である。家を出てからほとんど休まず徹夜で活動している計算になるが、憧れの海外に出ているという興奮で、疲れは全く感じていなかった。
夜のモスクワは素敵な街だった。気温は低いが我慢できないほどではない。街にはクリスマスのイルミネーションが光り、カフェは優雅な時間を過ごすカップルでにぎわっていた。
今いるベラルースキー駅、というのは東京でいえば新宿のような、モスクワのど真ん中の一つである。よって夜にも営業している店もそれなりにあるが、大人っぽいバーだったり、ワインが似合う大人のカフェだったりして、自分のような「ちょっとなにかを食べたい」という人間が気軽に入れる店は見つからなかった。
そうそう、書き忘れていたが、自分はアルコールが飲めない。苦手というレベルではなく、体がアルコールを完全拒否する体質で、ブランデーが入っているロシアンティーや、ウイスキーボンボンといった類のみならず奈良漬けも駄目である。そしてタバコも吸えない。この2点に関して言えば健康優良体で、いつでも車の運転ができるメリットはあるが、こういった夜の飲食店というとかなり苦手な分野になる。だからこういった大人の雰囲気がある街を歩いても、入りたい店、いや入れる店がないのだ。
【photo:モスクワの主要ターミナルであるベラルースキー駅 】
しばらく行くとある店があった。最近「もし、海外でこの店を見かけたら、一国で一回は行ってみよう」という店の一つである。丸い緑色の円に人魚がいるシアトル発祥のコーヒーチェーン店、そうスターバックスである。
日本でもおなじみのスタバだが、実は自分、身近な店舗にほとんど行ったことがない。「コーヒーは・・ウチで飲めばいいや」と、自宅近くにおしゃれな新店舗が開店し、ドライブスルーに車が連なっているのを見ても、一度も行っていない。もちろん何かの出先や友人とのちょっとした会合に使うこともないわけではないが、日本国内で自分から進んで、しかも一人で行くことは決してない店である。
しかし、海外は別。今やスターバックスもいろいろな国に出店し、北京の紫禁城の内部にさえ店舗があるが、機会さえあれば「一国で一回は行ってみよう」と思うようになった。ご当地マグカップやタンブラーを集めてみたこともあり、すでに20か国ぐらいの店舗は回っていると思う。
ロシア最初の夜の食事がスタバでいいのか?との思いはあったが、それよりも「ロシアのスタバはどんなもものか見てみたい」という気持ちが強く、入ってみた。
【photo:サイドメニュー豊富なスターバックス店内 】
「いらっしゃい」
と、若い男性店員が笑顔で迎える。店内にはおしゃれな若い女性がスマホを片手に二人で話に花を咲かせていた。メニューは、詳細な比較はできないが、コーヒー系のものは大筋一緒。ただしサイドメニューはかなり異なっていた。ロシア語のメニューに戸惑っているとさきほどの若い店員が、丁寧に教えてくれた。
テーブルに着き、改めて店内を眺めると、いつものおしゃれなスターバックスである。
「・・・なんか、ロシアって感じがしないな」
先客の二人が続ける明るい会話を聞きながら、おいしいコーヒーと優しい味のパイやトーストを食べているとここがあのロシア、あのモスクワであるということが信じられなかった。レーニン、スターリンの銅像が立ち並ぶ、独裁と抑圧の恐ろしい共産圏の心臓部であり、厳密な監視下にある人民の集まりであるはずの、僕の思い描いていたあの旧ソビエト、ロシアとは思えなかった。
【photo:BGMはブリテッシュロックのスターバックス店内 】
「・・・結局、自分もそういった『ステレオタイプのロシア』ってものを信じ込まされていたんだな」
・・・ふと。謎が瞬時に解けた気がした。
「だれか・何かの偏向的な意見に偏りたくない」と、できるだけ多くの書物を読み、情報を自分で調べ、できるだけ公正・公平に状況を判断しようとしてきた自分なのに、いつのまにか、やはり誰かが作ったストーリーを信じていた、ということが理解できたのである。町の様子、車の動き、そしてたくさんの人々の笑顔を見ていると、かつての恐ろしかった「ソビエト連邦」はここに存在しないことを、ここにきてようやくわかったのである。
「Спасибо (スパシーバ:ありがとう)」自分が知っている最大限のロシア語でそういうと、若い店員は笑顔で、「Добро пожаловать(パジャールスタ:どういたしまして」と返してくれた。
ホテルに戻るとき、ふとホテルのビルを見上げた。さっきは気づかなかったが、その上部に大きく
Гранд Отель Белорусская (グラント・オテリ・ベラルースカヤ) とホテル名が光っていた。
「・・・そうか。悪いのはホテルじゃなかったんだ」
何のことはない。ホテルは何も悪くなかった。大書してある表示が見えなかった自分が悪いだけだった。
「・・・モスクワって・・・素敵な街だな」
厳寒の冬のロシア。
でもたくさんの温かいものに出会って、温かい人に出会って、ロシアの温かさを感じたモスクワの夜だった。