トップ > 世界遺産・エッセイ > 旅行記 > ロシア・中東・イベリア紀行 第2章
2019年の年末から2020年の年始にかけて2週間ほど海外一人旅に出た。いわゆるコロナ騒動の直前で、中国で流行り始めた謎のウイルスの話がニュースにはなっていたが、まさか全世界を揺るがす大疫病になるとはだれも考えておらず、世界中がまだ、コロナ前の動きをしていたその最後の時期である。
自分は未知なる世界を歩くのが何よりも好きで、見たことがない場所を歩いてみたいと、常にそして心から思っている大バカである。良い言い方をすれば「知的好奇心の塊」・・・なんていう言い方も許されるかもしれないが、単に“放浪癖が抑えられない病人”である。
いい年になっても、まだ夢を持ち「見知らぬ街」「本で読んだあの場所・あの遺跡」「ニュースになったあの町」「地図でしか知らないあの土地」を自分の目で見てみたい、自分の足で歩いてみたい、できればそこに住んでいる様々な人とたくさん触れ合って、文化や、言語や、食を体験してみたい、と心から願ってしまうのである。
振り返れば、既に幼少期よりこの病気の症状は出ていて、例えば高校2年時には沖縄を除く全国を制覇していた。最初から全国制覇を目論んでいたわけではないが(隠れ鉄オタということもあり)鉄道路線に乗るのも大好きでJR線の5割、私鉄線の4割には乗っていた。そして運転免許を取得してからは、車で全国津々浦々各地を走り回った。本州に住んでいるくせに車で九州へ行ったり(ちなみに2回)、北海道も周回したり(これも2周)している。気が付けば自分で走破済みの道路は、全国の高速道路の7割、一般国道ですら(特に1級国道に限れば)4割程度は走破していると思う。
そして学生時代。カナダの大学に少しお世話になったことが発端となり、気持ちは海外へ。カナダ・オンタリオ州で出会った優しくも強き人々と、雄大で巨大なあまりにも偉大過ぎる自然との出会いは、世の中は自分の知らないことであふれており、自分は完全に「井の中の蛙」であったことを心から知らしめる衝撃的な体験だった。
【photo:自分の海外放浪の原点、カナダの大学構内と学生寮】
そして。いつしか一人でリュックを背負い、安宿を転々としながら旅に出るようになっていた。いわゆるバックパッカーというスタイルである。何かを予約するわけではなく、大きなリュックを背負い、バスや列車を使って、ドミトリー(ユースホステルのような簡易宿)を使って、費用を抑えて、行きたい場所に、ふらふらとあるくスタイルで、ヨーロッパ各地やアジア、南米、アフリカなどを歩いた。
結婚してからは妻と共に旅をした。アジア、太平洋の島、北欧、南米やアフリカまで、伴侶の都合も聞かず、世界各地を共に歩いてもらった。子どもができてからも自分の「出かけたい病」が治るわけでもなく、子連れで動ける方法を模索して旅をした。さらに仕事の関係で、南米ブラジルに3年間駐在することになっても、小学校低学年と幼稚園児を連れてサンパウロで生活をし、休暇には南米や中米、アフリカなどを家族4人で訪れた。
ではなぜ、今回は一人旅だったかというと、今年度から自分の勤務体系が変わったことにより妻や子どもたちと休日が合わなくなってしまったのである。そんな経緯もあり、妻に「冬になら、休みがとれそうなんだけど、一人で行ってきてもいい?」と言い出した時、家族全員が意外なほどすんなり「いいよ」と言ってくれた。(ちなみにこんなことを書くと我が家の人間関係のヒエラルキーがばれてしまうが、ご想像通り、妻が最上位、子ども達がその次、そしてペットのわんこが次で、自分は最下位である)
海外に出かける際、最初の関門はフライトチケットを取ることである。以前はH.I.S.やJTBなどの旅行会社に電話をし、ようやく航空券を手に入れていた。またホテルは、現地で見つけた宿泊先に直接行って部屋の有無を聞いたりしていた。
しかし今は全く違う。“インターネット”の存在である。宿や交通機関、イベントなど、ほぼすべての動きがネットで事前に確認・購入できる今、当然ながらフル活用をしている。
航空券の購入に関しても劇的に簡単になった。すべての予約はインターネットで完結してしまう。以前ならば大変だった外国内の国内線まで簡単に購入できる。加えて、ネットではチケットの購入だけでなく、様々な設定やチェックインもできる。画面上で機内座席配置を選択できることはもちろん、webで搭乗券を発券し、ゲートではスマホ画面をかざすだけでOK、ということもかなり一般化している。本当にすごい。
ただし・・・。やはりネットは、あくまでもネットの世界。発信者に取捨選択されたデジタル情報は手に入るが、現地の人たちの息遣い、風の香りを感じるにはやはり行くしかない。異国の言葉、異国の通貨、異国の文化、異国の食べ物の中でしか感じない何かを体験したいと、ネット全盛の今だからこそ、感じたい私である。
自分の旅のスタイルは旅行会社などを介さず、自分が行きたい場所へ、自分の考えた方法で移動し、泊まりたい場所に泊る形である。行きたいルートをどこでも好き放題に行ける限りない自由があるが、同時に「すべてのトラブルの責任を自分で背負う」という覚悟も必要になる。いうまでもなく異国に自分だけで旅をするとなると、言語、文化、通貨、食べ物、政治体制などの相違により様々なトラブルは頻発する。今までもピンチは数限りなくあった。特に盗難や事件、そしてけがや病気の時などは、本当に命の危険を感じた。三日三晩高熱と嘔吐に苦しんだエジプトでは本当に遺書も書いた。でもそれでも毎回、困難を何とか超えていくことができ、そして、その“乗り越える経験”がたまらなく充実した時間に感じ、結果的に今も旅を続けている。
今回の旅は、家族連れでは行きにくかった場所、つまり少々危ない場所に行ってみたいと思っていた。ターゲットは「中東」。特に「エルサレム」を抱えるイスラエルへ行きたかった。ユダヤとアラブ諸国との対立の実際の様子、パレスチナ問題の現場の様子、そしてキリスト教、イスラム教、そしてユダヤ教の聖地である「エルサレム」をどうしてもこの目で見てきたかったからである。今回の興味の中心は「宗教」への疑問である。歴史を知れば知るほど、そして世界を歩けば歩くほど、人々の心の支えとなってきた宗教は、歴史や文化の表面も裏面も支配してきたと感じている。だから「聖地」をどうしても見たいと思っていた。
フライトを探すと一番安く効率の良いフライトはモスクワ経由のアエロフロート・ロシア航空だった。
「ロシアかあ・・・・」
目的地は中東、と書いたばかりだが、ここで「ロシア」が出てくるだけでも、熱い胸騒ぎがしてしまう。ここもぜひ行ってみたい国である。かつてのソ連時代の暗いイメージと共に、謎多き未知なる国は、言葉にできないほどの魅力を感じる。しかし、今回は中東が本命。ロシアに寄るのは最低限にしておこう。
そんなことを考えながら、様々なパターンを試行錯誤した結果、フライトは以下のようにした。日本発―中東・欧州の往復として、4フライト。そして中東から欧州への中継として3フライトの計7フライトをとることにした。
(出発地) (到着国、到着地) (運航航空会社)
1.成田発 ― ロシアのモスクワ着 アエロフロート・ロシア航空261便
2.モスクワ着 ― イスラエルのテルアビブ着 アエロフロート・ロシア航空500便
3.テルアビブ発 ― ヨルダンのアンマン着 ロイヤルヨルダン航空343便
4.アンマン発 ― カタールのドーハ着 ロイヤルヨルダン航空652便
5.ドーハ発 ― スペインのバルセロナ着 カタール航空137便
6.マドリード発 ― モスクワ着 アエロフロート・ロシア航空2501便
7.モスクワ発 ― 成田着 アエロフロート・ロシア航空260便
一見複雑に見えるが、このチケット形態は簡単で「日本―中東(欧州)①②⑥⑦」の往復はアエロフロート、「中東―欧州③④⑤」の移動はアラブ系、という2セットの航空券を購入した形である。約2週間の日程で7フライトというのは、おそらく多くの方からすればかなりハードな日程だが、以前3週間で14フライトを入れる旅行などをしてきた自分にとっては、比較的余裕のある日程ではある。
なお、よく聞かれる値段だが、アエロフロートが10万円強、ヨルダン・カタールが5万円強である。これが高いか安いかはそれぞれの価値判断だと思うが、アエロフロートならば4フライトでこの値段なので、片道3万円程度でロシアまで飛べることになる。JRの新幹線のぞみで東京-博多間でも片道23,390円かかることを思えば決して高くない、と自分は感じる。
ついでながら、航空業界にいる友人某は「航空料金は高いっていうけど、その距離をバスで移動したバス代として換算すれば、同じかバスの方が高いくらい。実は全然高くないんだよ。」と言っていた。たしかに距離を考えれば、交通機関として決して暴利をむさぼっているわけではないと思う。ちなみに東京-博多間は1174.9km、成田-モスクワ間は7,449km。仮にモスクワまで新幹線で行くとすれば費用は148,000円となり、実際のフライト料金がいかに安いかを感じる。
自分のように個人で海外を動きたい人間は、航空券・航空業界の仕組みについても知っておく必要がある。よって、航空券の仕組みを簡単に紹介したい。実は様々な種類や方法があり、使い方によっては効率的な利用ができるからである。まずはストップオーバー stop over:途中降機の紹介をしよう。直行便でなく、どこかの経由便を使用する際、経由地で一度「降機」してしまうことである。すると、次便までの間、経由地の都市を見られることになる。ポイントは空港内で数時間待って乗り継いでも、数日間、街で過ごして乗り継いでも料金は変わらない、ということ。つまり自分のように「どうせ経由するならその土地も見たい」人間にとっては、料金がかからず散策できるありがたい仕組みである。先述のイスラエルの空港で引っかかったマレーシアへの渡航歴というのも、経由地クアラルンプールで「空港で時間をつぶすより外に出よう」と市内散策をしてきた記録である。
【photo:世界の空港で普通に使われるようになった自動チェックイン機 】
もう一点、 大手航空会社が発行する「航空券」は片道単体で販売されることより、複数路線がセットを基本としていることが多い。例えば日本と欧州を結ぶ便は「4フライト」が基本セットである。例えばエールフランスならば「日本-パリ」の往復に加え、「パリ―欧州の任意の都市」の往復がセットである。よって、日本からエールフランスを使ってウイーンに行きたい場合は「日本―パリ、パリ―ウイーン」で発券される。しかしこの「ウイーン」を別の都市に変えても料金は変わらないことが多いのである。これを航空業界ではオープンジョウ(open jaw:口を開けたアゴ)という表現をするが、陸路や別ルートも使って旅をしたい人間にとってはとても便利な仕組みである。
今回のフライトもこのオープンジョウの形をとり、日本―(モスクワ)―テルアビブ や、日本―(モスクワ)―マドリードの往復と同じ料金で、日本―(モスクワ)―テルアビブ着、マドリード発―(モスクワ)-日本というフライトが組めている。
中東から欧州へ移動するフライトは、なかなか希望の便が見つからなかったが、経由地、そして値段と時間を考え、非常に様々なパターンを検索した結果、ロイヤルヨルダン航空が発券する3フライトを取ることにした。
以上のようなわけで今回の訪問国が固まってきた。「ロシア」「イスラエル」「ヨルダン」「カタール」そして「スペイン」の5か国である。そしてもしかしたら行ける国として、「パレスチナ暫定自治区」、それにスペインとフランスの間の小国「アンドラ公国」や、イベリア半島の先の「ポルトガル」なども、行けたら行きたいと考えた。
加えて、「絶対に宿泊する都市」、つまり飛行機に乗る前日の夜のホテルと、レンタカーの予約をした。ほか ホテルなどは、現地に到着してから旅をしながら考えることにした。すべての日程を決定し、宿を予約してしまうより旅をしながら決めていった方がはるかに自由に動ける。行き当たりばったりの危険性はあるが、それでもかつてのバックパッカーの良さを生かす「かなり自由な旅」は最大限に生かしつつも、飛行機やレンタカーもフル活用するというのがこのスタイルである。
この3つの予約が完了したということは日本で行える準備は整ったということである。
そしてあとは、出発当日を待つのみ、となった。
【photo:Webから印刷した搭乗券。事前に搭乗券を確認できるメリットはかなり大きい 】